音楽編集と私 その2

男は幾つに成っても子どもだ、

と女性から発せられる揶揄と寸分違わず、

未成年が夜中まで

ゲームやスマホに依存するように、

僕は音楽編集に時間を費やした。


僕は所帯持ちの月給取りであるが故に、

当然のように平日は仕事に出て、

休日は家族サービスに時間を割く。

その行為は、僕だけでなく、

僕の両親もそのまた両親も、

もっと遡れば

人類が文明を築き上げた頃から、

脈々と受け継がれてきた文化だ。


ただ僕には試行したいことが

際限なくあった。

・同じ録音音源を逆相にすると音は消滅するのか

・リバーブ成分の特定の音域だけ残し、それを歪ませると余韻が豊かになるのではないか

・打ち込みドラムの個々の音と、それらをバスでまとめた音をミックスして録音環境を擬似再現すると生っぽく聴こえるのか

等々、今振り返ると

馬鹿馬鹿しいことこの上ないが、

僕はこれらの仮説検証を経て

効果が実証されたものだけを

知識としてその身に取り込んだ。

検証の背後に広がる死屍累々の犠牲は、

決して無駄なものとは言えず、

"この方法は使えないな"

理解したことに意義がある。

(或いは僕がそう思いたいだけかも知れない)


兎に角、

人間が神様から与えられし時間は

124時間しかなく、

僕が社会生活の営みに割く時間が、

出勤から愛する息子が寝付くまで、

およそ15時間。

9時間を睡眠と雑事と

僕の自由時間にあてがうことになる。


しかし、

湧き出る仮説の検証だけでなく、

本丸の楽曲編集が待ち構えている。

当然ながら1日2〜3時間程度では、

圧倒的に、絶望的に時間が足りないのだ。


ただ、当時の僕にとって、

この方程式を解くには

些かの時間も必要としなかった。

"寝てる暇などない"

その言葉を宙に吐いて、

次に僕は夜を駆けた。


かくの如き修羅の生活を

およそ3年程続け、

僕の実験は束の間の終息を迎える。

そして、3年後の或る日、

土屋先生から次の言葉が発せられた。

"モジプール費で好きなもの買っていいよ"


喉から手が出るほど

欲しいものはあったが、

それでも僕は少し戸惑っていた。



(次回予告)

鍬で田畑を開墾する農民の眼前に、

人類の叡智の結晶、

耕運機が突如として現れる。

最新テクノロジーの導入に困惑する農民。

耕運機の起動音とともに

この小さな村にも

産業革命のファンファーレが響き始める。

しかし、それは魔界への入り口だった。

次回

"念願の有料プラグイン、ゲットだぜ!"

お楽しみに。



BGMYOASOBI『夜に駆ける』

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コメント: 1
  • #1

    松井 (土曜日, 02 1月 2021 21:08)

    嗚呼、そうか。
    尚くんにとって、無駄な時間、話ほど人生において有益なものだと言っているのだな。
    ほぼ同意見。
    俺はせっかちで、それが一番難しい。嗚呼^_^