僕の海外旅行記5

繁華街のメインストリートは

大勢の観光客で溢れかえっていた。

そして、どの店の店先にも、

入店待ちの人が列をなしていた。

それでも、この街に笑顔が絶えることは

決してなかった。

手を繋ぎ合う恋人たちも、

おそらく定年を迎えた老年夫婦も、

若気の至りでこの地に舞い降りた学生たちも、

みんなバカンスを謳歌していた。

ひょっとすると、近くの高級店で

プロポーズを終えたばかりのカップルも

いるのかもしれない。


そんなことは僕には関係のないことだ。

僕は店の予約をしていなければ、

悠長に入店を待つ時間も残されていない。

僕はすぐに入店可能な、

豊富なアルコールメニューがあり、

できればオープンテラスのある店を

血眼になって探さなければならない。

僕の条件と一致する店が

なかなか見つからないので、

大通りから少し離れたところまで

僕は捜索範囲を広めた。


途中、アロハシャツに

色付きのサングラスを装着した

現地の男性が、片言の日本語で

客引きをしている場面に遭遇した。

彼はメニュープレートを片手に、

『メチャウマイヨー、ヤスイヨー、

スグハイレルヨー』と

機械のように連呼していたが、

彼の発言がたとえ真実だとしても、

胡散臭さを感じて

入店する気持ちになれないのは

僕だけではないはずだ。


そもそもこの方法は

効率的なものかどうかが疑わしい。

現に彼が客引きとして

人員配置されている以上、

一定の成果をこれまで上げてきたのだと

容易に推測出来るものの、

僕は、見知らぬ人についていく感覚を

理解することができない。


また、この方法に

短期的な集客効果があったとしても、

そこで提供される商品が、

周辺の店と比べて

かなり突出していない限り、

リピート層の獲得は困難だろう。

その上で、

もしその店の商品の中に

突出したスペシャリテが既にあれば、

今まさに店は繁盛しており、

客引きに人員を割く余裕はないはずだ。

よってこの店に入るべきではない。


そんなことを考えながら、

帆を進めていると、

僕はいつの間にか、

人通りのない路地に進入していた。

すると、

がたいの良い現地の男性がひとり、

遠くの方から手を振りながら

こちらへ近づいてくる。

記憶の底に蓋をして封印したはずの、

昨日の憶測が瞬間的に蘇った。

僕は急に怖くなってしまい、

踵を返し、人通りのある場所へ

早足で戻った。


僕が再びメインストリートに

たどり着いた時には、

信じられないことに、

僕に残された時間は30分を切っていた。


また、人混みに紛れた安心感から、

朝から息子とビーチで遊んだことや、

昼からの観光地巡り等々により

蓄積された疲労が一気に開放され、

僕はホテル地下のコンビニで

いつものようにビールを買い込み、

落ち着いた環境で休憩を取りたくなった。


コンビニに立ち寄った帰り際、

奇遇にも、部屋へ向かう

エレベーターの到着を

待っている嫁と息子に遭遇した。

嫁は僕が手に下げている

大量の瓶ビールの入った

コンビニのレジ袋を見て、

『コンビニに行ってたの?』と

聞いてきたので、僕はそうだよと答えた。

嫁はそれ以上僕に何も尋ねなかったし、

僕も外出の件に関して何も伝えなかった。

僕たちは夕食の話を始めた。


僕の1時間だけの冒険は

静かに終わりを告げた。

そして、僕が安心できる環境は、

目指すべき場所は、

既にここに在ったのだ。


その翌日、グアム出国の3時間前、

液体を機内に持ち込めないことが発覚し、

昨日飲み切れなかった瓶ビールを

処分しなければならなくなった。

勿体ないので、

僕は残り3本の瓶ビールを

一気に飲み干すことにした。

嫁はその光景を呆れ顔で見つめ、

息子は、グアム滞在中の

高カロリー食の連続摂取により、

膨れ上がった僕のお腹を見て

笑っていた。


僕はこの旅行で少しだけ、

そう、少しだけ、

成長することができたのかもしれない。



BGMRadioheadBackdrifts(Honeymoon Is Over)

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コメント: 3
  • #1

    つち (月曜日, 06 5月 2019 10:52)

    お腹以外も成長したに違いない!文才や分析も以前に増してキレッキレやし、やっぱり安心できる我が家が一番だよね、という毎回繰り返すワンパターンな再認識もできたはず!おかえり!安心の国、日本で飲もう!

  • #2

    廣川 (月曜日, 06 5月 2019 11:48)

    キレッキレやな!てかコンビニかーい!

  • #3

    中村 (月曜日, 06 5月 2019 15:36)

    ありがとう日本!ありがとう無限月読!